木曽路 きまぐれ旅
俺たち遊び人だ。二時までに仕事をこなし、中津川へ向かった。高速で。途中サービスエリア「恵那」で一休み。
五枚目の写真がサービスエリア。結構綺麗で小さな滝が、流れていた。時間がないので、中津川のインターまで飛ばす。中津川のインターを降りるとすぐね馬籠があるが、ここはこの間きたので「妻籠」までもうひと伸びする。十分ぐらいはしっただろうか。妻籠が見えてきた。十九号で走る。そのうち駐車場の看板が見えてくる。もう時間が遅いので駐車の警備のおじさんがお金は要らないと言ってくれた。うれしかった。急いで妻籠の通りを歩く。6.7.8.9.の写真が通りだ。なかなかのものだ。味がある。馬籠もいいが妻籠もいい。生活に重みがある。1.2.3の写真をみていただきたい。「ここは枡形」という。この妻籠の坂の奥に昔は城があった。そこで徳川家康は敵軍が攻めて来る時間を延ばすために、急に道を細くし、走りにくいような角度を意識的に作り、少しでも、攻めてくる時間を遅らせた作戦の道だ。感心していると、時間がなくなるので、また車で「寝覚めの床」まで脚を伸ばす。この寝覚めの床(とこ)はね浦島太郎の骨があるらしい。写真でいう四枚目だ。この大きな石の上で竜宮城の乙姫さんからもらった「玉手箱」を開けて、ここでしんだらしい。だからここには、太郎のお骨があるらしいのだ。ワチシは車で走ってミジカイドライブが好きだ。車で2.3時間走るとこういうオモロイところへ来る。だからアタイはこういう「思い出」が一杯ある。皆さんも、億劫にならずに走ってください。きっと楽しい豊かな思い出色のひと時が過ごせると思います。でも内の若奥は、テレサテンの「愛人」が聞こえなくなるほどの・・・・・がすごかったです。キット疲れているのでしょうね。
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