2006年8月 3日 (木)

「俺は百年先の知己を持つんだ」-北大路 魯山人

昨日は「おじゃるまる」を見に行った。平安の時代から、時を越えての大活躍。初めて「劇団・飛行船」を見た。なかなかおもろい。若奥に始まる前に「アンマリおもろなかったら、でるでぇー」といったのだが、結局さいごまでみてしまった。まあ「子供のミュージカル」。合格。さて今日は今日で「小山田病院」の祭りがあるので、これまた「招待」を受けているので、いかねばならない。仕事もしなくてはいけないし大変いそがしい。なんせ忙しい。野菜もただ今、きゅうりとなすびとトマト・ねぎしかつくってない。実は急がしすぎたので、今年内緒で買った「大輪の朝顔」がまだ植えてないのだ。種のまま袋に入っているのだ。こまったものだ。実はもっとあるのだ「根深ネギ・こまつな・みずな・レタス・リーフレタス・あしたば」これだけの種がワタシの心の中で、「早くうえろ・早くうえて」と言っている。まだ「草」もとらねばいけないし、そしてなにがなんでも今年しなければいけないのが  「北大路魯山人」きたおおじろさんじん。の器をみること。この人は40歳までは料理人だった。然し自分の料理にあった「器」がないので、自分で「器」つくるようになった。この人が製作した「器」は約20万点ある。最近メッチャクチャのブームだ。この人は「なんの文化勲章も拒否した」これがカッコイイ。ワタシは「ライオンズクラブの金持ち」に紹介してもらってこの「器」で食事をすることが、早くしたい夢だ。あわてもんで、せっかちのワタシは、その人に無理を言って四日市で一番だと世間では言われるトップの料理長にきいてもらった。その人曰く「京都の吉兆はつぶれたので、おおさかの吉兆へ行ってワシがたのんだら、その器でたべさしてくれるやろ・・」「・・・・で、いかほどで・・・」「・・・そうやなあ・・・五万ぐらいかな・・・・」そして家にかえり「よめはん」にありのまま言った。
「料理道から、はずれとるワー、本当の板前ならおいしいものを、安くたべさすのが、あたりまえやろ。」・・・なるほどとおおきくうなづくわたしであった。 だがその目は奥でキラリと奥歯の銀のように、光っていた。「稼ぎも悪い、お前が、そんな高いもん食
わんでもいいんや。十年早いわ」と。   ワイはプロレスラーのホクトの旦那の「健介」か・・・・。まだシナイもっとらんだけましか。    でも一年に一回ぐらいは、サエ箸か割り箸が飛んでくるから、気をつけなれれば・・・・・・。俺とこの「カワイイヨメハン、忍者かな・・・・よう分からん。」

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